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2008年12月23日 (火)

親殺しが消える日・・

一週間ぐらい前、通勤中、図書館に駆け込んだ。目当ての本は、廃刊になっていたので、購入は困難。だが、すぐ読みたかったので、図書館に期待した。田舎の小さい図書館なので、無いかも知れないと思ったが、職員がすぐ見つけてくれた。

その本は、【尊属殺人罪が消えた日】というタイトルで、1968年の「栃木実父殺し事件」とその裁判(1968~1973年)について描いている。法律家の間では、伝説的な裁判なのだが、一般人にはほとんど知られていない。

私も大学の法学部を無事4年で卒業したのだが、さっぱり知らなかった。ロクに講義に出ず、要領だけで単位をとっていたボンクラ学生の程度が知れる。

私は1992年に大学の法学部に入学したが、六法全書には確かに刑法200条があった。その内容は『親を殺したら死刑か無期懲役』というもの。一般の殺人罪は『3年以上の懲役』だから、親殺し(尊属殺人)の場合は極端に罪が重くなる。だが、その条文はいつの間にか、無くなっていた。ある弁護士いわく「家父長制の残る古臭い遺物で、今の時代にそぐわないから廃止された」とのこと。私も、人の命の重さに違いは無いから、親と他人で刑罰の重さが違うのは不平等で、廃止が当たり前と思っていた。最近調べたところ、1995年に廃止され、現在、200条は『削除』とのみ記されている。

その刑法200条を消したのが、「栃木実父殺し裁判」なのだ。最高裁は判決で、刑法200条の尊属殺人罪を憲法違反として無効にした。裁判所が、法律を無効としたのは歴史上初めての事だった。法律は、国民を代表する国会で決められるのだから尊重しなければならない。だから、裁判所はそれまで違憲判決を出したことは一例たりとも無かった。この事件は、一つの法律を撤廃し、日本の裁判のあり方までをも変えてしまう程、重く苛烈なものだった。

私がこの【尊属殺人罪が消えた日】という本を見つけたのは、「復刊ドットコム」というサイトだ。熱心に復刊希望の投票を呼びかける人がいて、興味を持った。そこで本を熟読して投票し、強く復刊を望む旨のコメントを残して来た。http://www.fukkan.com/fk/VoteComment?book_no=42056

      

1968年10月5日、綾子(仮名、29歳)は、同居を強いられている実父の清一(仮名、53歳)を、ももひきの紐でとっさに絞殺した。実父から罵声と暴力を受け続けた結末だった。そして、泣きながらすぐに自首した。

      

この事件の根は深かった。綾子は14歳の時から実父に近親相姦を受け続け、どこに逃げても捕まり連れ戻された。彼女は父との間に5人の子を産み、2人の子は早逝したから、3人を育てていた。それでも実父は避妊をせずに彼女の体を求め続け、6人を妊娠中絶。さらには、これ以上の中絶は体に負荷がかかり危険なので、子供を産めなくする避妊手術にまで追い込まれた。

このような残酷な状況でも、彼女は3人の子の面倒をしっかりと見て、職場でも明るかった。当時の同僚は「仕事はまじめで、職場内では朗らかで人気者でした」と証言している。

そして、彼女にも初めて恋人が出来た。綾子より7歳年下だった。付き合いは喫茶店や映画に行くささやかなものだった。彼は綾子に結婚を申し出て、綾子も同様に強く望んだ。彼は、彼女が3人の子持ちだということは承知の上だったが、まさか実父との子だとまでは知らなかった。若い彼は、その事実を知ることになるが、さすがにそれを受け止め抱える自信が持てず、結ばれることは無かった。

綾子は、その彼とも別れ、実父の下からも立ち去る覚悟を決めるが、去ろうとする前夜の修羅場で、父を絞殺してしまう。

      

被告人・綾子の弁護を引き受けたのは、大貫大八という老いた弁護士だった。友人の知り合いということが受任のきっかけだが、無報酬でこの重く厳しい事件にのめり込んでいく。

非常に同情すべき事件だが、親殺しであり、『尊属殺人罪(刑法200条)』がある限り、厳罰は免れない。とは言え、鬼畜のごとき親の場合でも、重罰が必要なのであろうか。学者の間では、この尊属殺人の重罰規定がそももそ間違っているという指摘は度々なされてきた。刑を軽くするためには、刑法200条を憲法違反として無効にして、尊属殺人罪ではなく、『通常の殺人罪(199条)』にするしかない。そうすれば、情状酌量の余地は十分にあり、執行猶予がつけられるので、服役しないですむ。

一審の宇都宮地裁では、刑法200条を違憲無効とし、最大に事情を考慮して、刑罰を免除、つまり「罪だが罰しない」という画期的な判決となる。

二審の東京高裁では、尊属殺人罪の規定は合憲とし、実刑3年6ヶ月という逆転敗訴の判決を言い渡す。

大貫大八弁護士は、当然、上告するが最高裁での係争中に、癌に倒れ、悔いを残したまま他界する。彼の意志は、息子の弁護士の正一が受け継ぎ、綾子の弁護に就く。

1973年4月4日、最高裁判所は、刑法200条を、憲法14条(法の下の平等)に違反するとして無効とし、そして、懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の判決を言い渡した。実質的な勝訴であり、綾子は初めて完全な自由を手にすることとなった。

その後、彼女がどうなったかは正確にはわからないが、風の便りでは、理解ある男性と知り合って結婚し、幸せに生きているという。

      

この最高裁判決を受け、検察は、親殺しでも尊属殺人罪を用いず、通常の殺人罪で起訴をすることを決定。その後、尊属殺人罪に問われた者は無く、刑法200条は死文化する。

国会でも、刑法200条廃止の議論が起こったが、保守的な思想を持つ議員たちの反対に合い、1995年の刑法改正まで20年以上も、条文は使われなかったが、一応存在した。親殺しに対する嫌悪感は、社会に強く根を張っていたのだ。歴史を遡れば、2000年以上続く儒教の精神に行き着く。

だから、尊属殺人罪を否定するのは、当時、いかに困難なことであったのか。綾子と関係者だけではなく、検察官や裁判官ですら心を痛め苦悩したことだろう。

      

昨今、息子が母を殺したとかいうニュースをよく耳にする。親殺しなんて、珍しい事件ではなく、気にもならなくなっている。

私は残念でならない。血と汗と涙を流して、尊属殺人罪を廃止した歴史の先人たちは、だからこそ、親殺しなんて二度と起きて欲しくないと思っていたのではなかろうか。

      

最後に記して置きたいのが、東京高裁で敗訴した後の、大貫大八弁護士の言葉だ。その時の状況は絶望的だ。何しろ、法律が憲法違反として無効になった事例は、長い歴史上、一度も存在しないのだ。それでも彼の信念は揺らがない。

「最高裁では徹底的に戦います。尊属殺人罪の違憲性をはっきりさせなけりゃ、このままでは被告人はかわいそうでしかたがないんです。今後、綾子さんには人間として生まれてきてよかったといえるような人生を送らせてやりたい、というのが私の願いです」

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